

食品・小売り事業から、ガス・鉄鉱石など資源開発まで、世界中で幅広く事業を手掛ける総合商社にとっても、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報の信頼性は重要だ。業界最大手の伊藤忠商事の2021年版「ESGレポート」には、グループ全体の電力使用量、事業用施設起因の温室効果ガス排出量といった数値が掲載されている。数値の妥当性を検証し、保証したのが「KPMGあずさサステナビリティ」で、巻末に第三者保証報告書がある。(税理士・会計士 特集はこちら)
同社は、あずさ監査法人が所属するKPMGジャパンに属し、04年に設立。海外で人権問題や生物多様性を学んだ大学院修了者らを採用し、関連領域の助言・保証を行っている。あずさ監査法人が会計監査を担当していない「非監査企業」からも「助言がほしい」と引き合いが強いという。住友林業やキリングループなどにも気候変動関連報告書などで第三者保証を付与している。
近年、企業にとっては、財務の数値だけでは表現できない「非財務情報」が、企業価値を上昇・下落させる要素となっている。非財務情報の関連分野は、SDGs(国連の持続可能な開発目標)、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、ESG、内部統制、事業継続計画、システム管理など多岐にわたる。
さらに、今年は非財務情報開示を巡って二つ大きな動きがある。一つは4月の東京証券取引所再編だ。プライム市場上場企業にはTCFD情報の開示が求められる。もう一つは、国際会計基準をまとめるIFRS財団が、気候変動リスクの情報開示についての新ルールを今年6月までに制定することだ。
非財務情報の開示のあり方や注意点を監査法人自身が助言する、あるいは監査法人グループが第三者保証を与えるビジネスが伸びている。
監査法人としてのトーマツは会計士に加えて、IT、金融工学などの専門家約2500人が在籍する。非監査・監査企業双方に、不正が起きないようにする内部管理体制、サイバー攻撃などのシステム上のリスクについて助言する。
加えて「最近2年ほどは気候変動に関する情報開示への関心が急速に高まっている」(国井泰成包括代表)ため、関連の助言も行っている。気候変動のサービス拡充と専門人材の増強を行っており、現在の130人から2年後には470人体制へ増やすことを目指している。
EY新日本監査法人では、21年10月に「サステナビリティ開示推進室」を創設。公認会計士が、監査・非監査企業双方に、気候変動や内部統制の助言を行っている。助言に当たっては、気候変動や生物多様性の専門家である社員と連携している。
業務収入に占める非監査業務の割合が5割を占めるPwCあらた監査法人は、コーポレートガバナンス・コード関連のサービスが多数ある。たとえば、海外の事例を紹介しながら、取締役会、監査役会の設置や運営の支援を行う。また、PwCジャパングループは、温室効果ガス排出削減などのサステナビリティー(持続可能な)活動が財務に与える影響をシミュレーションするサービスを21年3月から提供している。
(編集部)
東京証券取引所が今年4月に、プライム、スタンダード、グロースの3市場に再編される。昨年6月のコーポレートガバナンス・コードの改定と合わせ、最上位のプライム市場では大株主の持ち分比率の引き下げや英文の情報開示、社外取締役の充実が求められる。グローバルな機関投資家、少数株主との対話を念頭に、特にプライム市場に移行する東証1部企業には、「稼ぐ力」の向上を強く意識した経営が要求されており、それが、「M&A(企業の合併・買収)を通じた企業変革」を加速させている。(東証再編で上がる株・下がる株 特集はこちら)
こうした流れを背景に、2021年の日本企業のM&Aは前年比14・7%増の4280件と、これまで最多だった19年の4088件を上回り、2年ぶりに過去最高を更新した(図)。新型コロナウイルスの感染拡大や世界的な脱炭素の流れも後押しし、事業構造改革やスタートアップと組んだ新規事業創出への取り組みが活発化した。
金額も11・7%増の16兆4844億円と高水準だった。うち、クロスボーダー(外国企業とのM&A)案件が全体の金額の8割超を占めた。大手を中心に事業ポートフォリオの組み替えの動きがグローバルベースで進んでおり、「売り」は外国企業が受け皿となるケースが増えている。
以下、具体的な事例を見ていきたい。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は昨年9月、米MUFGユニオンバンクを米USバンコープに売却(1兆9349億円)することで合意した。引き続き米国市場をグループの重要市場と位置付け、米モルガン・スタンレーとの提携などを通じた法人取引や投資銀行業務に経営資源を集中する。
また、日立製作所は、デジタルエンジニアリングサービスの米グローバルロジックに対して初の1兆円規模の買収を実施する一方、上場子会社の日立金属を米投資ファンドのベインキャピタルを軸とするコンソーシアムに売却することで合意した。日立製作所は今年に入り、日立建機の一部持ち分売却も発表した。
資生堂は、シャンプーや洗顔材などのパーソナルケア事業を英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに売却。また、化粧品3ブランドも米投資ファンドに売却し、高付加価値のスキンケア領域に注力する方針だ。
大企業とベンチャー企業の連携強化の動きも活発だ。トヨタ自動車は、子会社のウーブン・プラネット・ホールディングス(HD、東京)を通じて、米配車サービスベンチャーのリフトから自動運転部門「Level5」を譲り受けた。リフトのシステムと車両データを活用し、ウーブン・プラネットの開発する自動運転技術の安全性と商用化に向けた協業も行う。
凸版印刷もフィンテックなどさまざまな事業ベンチャーに投資している。凸版印刷のベンチャー投資の始まりは20年前にさかのぼる。出版市場の縮小、電子書籍の普及、出版流通制度の変化など激変する経営環境を背景に、ベンチャー企業への共創投資の展開等を通じて、従来の受注型産業から脱却し、社会的課題解決ソリューションを提供するDX(デジタルトランスフォーメーション)事業のリーディングカンパニーとなるべく、企業変革を加速させる。
脱炭素関連のM&Aも活発化してきた。ENEOSHDは、石油・天然ガス開発事業を資源開発の英ネオ・エネルギーに売却する一方で、再生可能エネルギー新興企業のジャパン・リニューアブル・エナジー(東京)を2000億円で買収した。東京電力HDの傘下の東京電力フュエル&パワー(同)と中部電力の折半出資会社のJERA(同)は、米フリーポートLNGプロジェクトに出資参画(2851億円)し、新規LNG事業を進める。
他方、上場企業が絡む経営統合や事業統合などの国内再編(IN−IN)は停滞ぎみだ。20年はNTTによるNTTドコモの完全子会社化(4兆2578億円)が注目されたが、21年の大型再編では前田建設工業、前田道路、前田製作所の経営統合(1967億円)が最大だった。
4月からの東証の市場再編では親子上場の解消も大きなテーマだ。ENEOSによるNIPPOや、凸版印刷によるトッパン・フォームズのTOB(株式公開買い付け)など、グループ経営の見直しの動きが進む(表)。MBO(マネジメント・バイアウト、経営陣による買収)を通じた非上場化案件も増加しており、自ら市場退場を選択する企業が増えている。さらに敵対的TOBに踏み切る企業も増えてきた。SBIHDは、傘下のSBI地銀HD(東京)を通じて、新生銀行に対してTOBを実施し、連結子会社化した。新生銀行はSBIのもとで再出発する。
上場企業による自己株取得の動きも活発だ。コーエーテクモHDやZHDはプライム市場での上場を目指し、それぞれ大株主から自己株式を取得し、流通株式比率を高めた。
東証は1月11日、プライム市場には1841社が上場すると発表した。新基準に対応する上での課題の一つは、基準が大きく引き上げられる流通株式数である。大株主のいる企業では、コーエーテクモHDやZHDのように大株主から自己株式を買い取るという即効的な対策も考えられるが、多額の資金が必要となる。こうした事態を避けるため、自己株式を活用したM&Aが考えられる。自己株式の活用によって、資金の社外流出を回避しつつ流通株式数を増加させるという戦略を選択する企業が増える可能性がある。
(吉富優子・レコフデータ代表取締役)
「きちんとした計画書を市場が評価し、株価が上昇した銘柄があった。株式市場が価格形成機能を発揮したという点では、東証再編は良いきっかけになった」(マネックス証券の広木隆・チーフ・ストラテジスト)──。東京株式市場では、企業の策定した「適合計画書」に注目する動きが強まっている。(東証再編で上がる株・下がる株 特集はこちら)
適合計画書とは4月4日からの東証の「プライム」「スタンダード」「グロース」3市場への再編に伴い、各市場の上場維持基準に未適合の企業が、将来、基準を満たすために東証に提出した計画書を示す。正式には「上場維持基準への適合に向けた計画書」という。
新市場への移行基準日である昨年6月末の流通株式時価総額、流通株式比率などが基準となり、東証は今年1月11日に東証上場全3777社の移行先市場を発表した。「海外の機関投資家の投資に耐えうる株式の流動性やコーポレートガバナンス(企業統治)」がコンセプトのプライム市場には、東証1部2185社のうち、1841社が移行することになった。
このうち296社は、流通株式時価総額、流通株式比率、売買代金でプライム市場の基準を満たしていない。だが、東証は適合計画書を提出すれば、プライム市場に移行できる救済措置を設けており、全296社がこの措置を利用した。同様に、スタンダード市場では、移行する1477社のうち212社が、グロース市場では459社のうち46社と市場全体では554社が救済措置を活用した。
市場では、「2200社に水膨れした東証1部に厳しい上場基準を適用し、日本の株式市場を活性化するのが再編の趣旨だったのに、大半がプライムに移行するのでは意味がない」(ニッセイ基礎研究所の井出真吾・チーフ株式ストラテジスト)などと手厳しい声が多い。しかし、一方で、個人投資家にとっては、適合計画書を精査すれば、「お宝銘柄」を発掘するチャンスになりうるとの指摘が出ている。
表1は、計画書を提出したプライム移行企業296社について、移行基準日の昨年6月末と今年1月25日の株価を比較し、騰落率の上位20銘柄を並べたものだ。トップは明和産業の2・3倍の上昇。それ以外も軒並み2割以上の上昇だ。この期間、東証株価指数(TOPIX)が2・4%下落しており、市場平均を大きく上回るリターンとなっている。296社全体では、全体の約3割の85社が上昇している。
明和産業は、レアアース、リチウムイオン電池の正極材、セパレーターなどを手掛けている。昨年8月末に増配や業績の上方修正を発表したのが株価上昇の直接的な要因だが、電気自動車(EV)関連としてのテーマ性もある。計画書でも、「自動車事業の持続的な成長」や「リチウムイオンビジネスの事業拡大」を主な取り組みに掲げている。
2位のドリームインキュベータは大企業向けの戦略コンサルとベンチャー投資が事業の柱だが、投資先のペット保険会社がペットブームで収益を拡大。適合計画書ではベンチャー投資の厳選・縮小で、収益のブレを抑制すると公表したことが好感されているようだ。
これらの20銘柄に共通するのは、カバーする証券アナリストが0人か1人のため個別のアナリストリポートが存在しないことだ。東証1部上場として自動的にTOPIXの構成銘柄となり、指数に連動した成果を目指すインデックスファンドの投資対象にもなっていたが、機関投資家が個別に投資する銘柄ではなかった。
しかし、東証の再編を機に適合計画書が策定され、企業価値向上に向けた数値目標を含む具体的な方針が示された。計画書の内容を見ても、脱炭素、DX(デジタルトランスフォーメーション)、ヘルスケアなど今の時流に沿った銘柄が多く、個別に吟味すれば投資家が企業の成長のイメージを描きやすくもなっている。
一方、東証1部からスタンダードを選んだ企業では、344社のうち100社で株価が上昇している。表2では、騰落率の上位20銘柄を掲載した。1位はOKKで154%上昇した。同社は不適切会計を契機に経営危機に陥ったところに、日本電産が昨年11月に買収に動いた。日本電産の出資比率は66%を超え、プライム基準に満たないため、スタンダード市場を選んだ。
2位のERIホールディングス(HD)は、昨年12月に22年5月期の業績と配当の大幅上方修正を発表。3位の乾汽船も年間配当を従来予想の132円から157円へ増やすと発表したことが好感されている。市場では「プライム移行に伴う財務や人的なコスト増を考慮して、身の丈のスタンダード市場を選択した企業を評価したい」(みずほ証券の菊地正俊・チーフ株式ストラテジスト)との声も根強い。
時価総額が大きいのに、基準日時点でプライム基準を満たしていない企業の中では、ゆうちょ銀行、デサントの株価がそれぞれ19%、22%上昇した(図)。ゆうちょ銀行は流通株式比率が8・8%とプライム基準(35%)を大幅に下回っていたが、その解消のために7・5億株の金庫株を消却し、流通株式比率が10・6%に上昇したことが材料視されている。適合計画書では、26年3月末までに、流通株式比率の適合を目指す。
デサントも基準日時点の流通株式比率は34・8%。持ち合い株の圧縮を進めたことで、昨年9月末では流通株式比率は36%とプライム基準を満たしたが、計画書では非財務情報の開示を強化し、個人投資家への情報発信にも注力することを明記した。同社は今年2月の北京冬季五輪で日本選手団の公式ユニフォームも提供しており、「五輪関連としても買われている」(auカブコム証券の河合達憲・チーフストラテジスト)。
時価総額がトップのZHDは、昨年3月のLINEとの経営統合により、AHDが同社の株式の64・7%を取得したため、流通株式比率が33・9%と基準を下回っている。そこで、同社ではAHDから株式公開買い付け(TOB)で自社株を取得し、その株式に相当する新株予約権をBofA証券に発行。株価の上昇に伴って予約権を行使することで、23年度までに上場基準を満たす計画書を策定した。短期的な株式需給の悪化懸念が薄れ、株価は1%上昇している。
今回の東証再編は、市場の期待より変革のスピードは遅い。しかし、企業価値向上への方策が投資家にきちんと説明され、投資家の側もそれを適切に評価する、大きなきっかけとなったことは間違いない。
(稲留正英・編集部)
(和田肇・編集部)
16 296社の「計画書」に投資機会 ゆうちょ銀、デサントは2割上昇 ■稲留 正英/和田 肇
19 インタビュー 渡邉庄太 レオス・キャピタルワークス運用本部長 機関投資家の評価「『がっかり』でも正しい方向性 上場企業の尻に火が付いた」
20 注目「適合計画書」 ハイパーは配当性向引き上げ ROE目標掲げた酒井重工業 ■菊地 正俊
23 株主優待 「廃止」で株主還元増に期待 「配当力スコア」で銘柄選別 ■大川 智宏
26 TOPIX 流通時価総額「100億円」未満の銘柄はウエート低下 ■本吉 亮
27 プライム昇格期待 メルカリ、マクドナルド… 指数連動投信の買いに期待 ■本吉 亮
28 もう一つの「残留問題」 スタンダード、グロースも「未達」 上場廃止後に受け皿不在の深刻 ■和島 英樹
30 適合計画書を斬る 117社が時価総額1.5倍増必要 プライム維持へ「約束」の重み ■明田 雅昭
32 M&A 過去最高を更新する件数 日立などグループ再編加速 ■吉富 優子
34 これで分かる!ポイント解説 プライム市場向けCGコード ■横山 淳
37 プライム基準未達 「適合計画書」296銘柄 ■編集部
13 緊迫のウクライナ情勢 本格侵攻ならロシアに「汚名」 偶発・限定戦の危険は高い/米FOMC FRBは3月利上げを予告 インフレ次第で年6回も
15 深層真相 三菱商事の常勤監査役は社内の「新たな権力者」?/東芝3分割に株主反発 「あえて否決」の提案も/東京地検の新特捜部長 市川氏に森本氏の影?
78 就任1年のバイデン米大統領 インフレ、造反で支持率低迷 「敗北濃厚」な今秋の中間選挙 ■前嶋 和弘
48 コレキヨ 小説 高橋是清 [第176話] ■板谷 敏彦
73 後払い 少額、簡単審査の「後払い」 コロナ禍で決済市場が急拡大 ■鈴木 淳也
4 2022年の経営者 小林 泰士 マーケットエンタープライズ社長
44 情熱人 (17) 森 勇磨 医師、ユーチューブ「予防医学ch/医師監修」運営 「感謝されない医者になるのが理想です」
58 ワシントンDC 「国難には全員で戦うべき」 女性の徴兵登録求め論争 ■峰尾 洋一
59 中国視窓 年初から景気対策を総動員 今秋の党大会にらむ習政権 ■真家 陽一
60 論壇・論調 気候変動で板挟みのバイデン政権 「ビルドバック・ベター」に賛否交錯 ■岩田 太郎
3 闘論席 ■小林 よしのり
41 不動産コンサル 長嶋修の一棟両断 (127) 史上最大の資産バブルが来る?! ■長嶋 修
42 株式市場が注目! 海外企業 (17) 埃夫特智能装備 ■富岡 浩司
50 言言語語
68 東奔政走 保守派が力誇示した佐渡金山 安倍元首相の高笑い ■伊藤 智永
70 学者が斬る 視点争点 長寿化で薄れる組合健保の効果 ■高久 玲音
72 AIで統計先読み 日本の未来 (53) 鉄鋼業生産指数/非鉄金属工業生産指数 ■ゼノデータ・ラボ
76 図解で見る 電子デバイスの今 (58) トヨタ、ソニーのEVシフト パワー半導体で投資活発化 ■津村 明宏
81 ゼロコストでPR SNS活用術 (9) AISASの流れを作る ■笹木 郁乃
82 独眼経眼 消費者物価2%が現実になっても持続はしない ■斎藤 太郎
83 鎌田浩毅の役に立つ地学 (86) 大分・宮崎で震度5強 「地震の巣」である日向灘 ■鎌田 浩毅
89 小川仁志の哲学でスッキリ問題解決 (115) ■小川 仁志
94 グラフの声を聞く 日経先物は日中に売って夜間に買え ■市岡 繁男
64 マーケット指標
66 経済データ
52 『食べる経済学』
55 読書日記 ■ブレイディみかこ
56 歴史書の棚/海外出版事情 アメリカ
51 次号予告/編集後記
デザイン─浅野 康弘
本誌に掲載している記事は、原則として執筆者個人の見解であり、それぞれが所属する組織の見解ではありません
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東証の市場再編と並行して、東証株価指数(TOPIX)の改革も行われる(表1)。背景には、株価指数に連動したインデックス投資の急拡大がある。(東証再編)
TOPIXはもともと、景気動向を表す経済指標として東証が1969年から算出を開始した。しかし、2000年代に入ってから、公的年金や日銀などによるインデックス運用が急増すると事情は一変する。東証によると、TOPIXに連動したインデックスファンドの残高は、公募や私募の投信、ETF(上場投資信託)などを含め、「21年3月末で73兆円に達する」(情報サービス部)。今や、TOPIX自体が、日本で最大規模の金融商品となっている。
問題は、TOPIXの構成銘柄が東証1部上場の全銘柄とされていることだ。01年に東証と大証がそれぞれ株式会社化すると、両市場の間で上場企業の獲得競争が勃発。東証は、市場間競争に勝つため、上場基準の緩い東証2部やマザーズを使って、企業を誘致した。未上場企業が東証1部に直接上場するには時価総額で250億円が必要だが、東証2部やマザーズからの“内部昇格”なら40億円で済む。その結果、時価総額や流通株式数が少なく、本来は東証1部に適しない企業が急増してしまった。
この結果、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの公的年金や民間の私的年金は、TOPIXの運用を通じて、これらの企業価値が低い銘柄に投資することになり、受託者責任の点から問題が生じている。運用会社にしても、インデックス運用で株式流動性の極端に低い銘柄を買うのは高コストな上に、「2000社に及ぶ企業の議決権行使も負担」(ニッセイアセットマネジメントの井口譲二チーフ・コーポレート・ガバナンス・オフィサー)という弊害も生じていた。
そこで、今回のTOPIX改革では、新市場とTOPIXの関係を切り離すことにした。そのうえで、流通株式時価総額が100億円未満の企業について、22年10月以降、順次、TOPIXの構成銘柄から外すことに決めた。
TOPIXは現在、東証1部に上場する全2183銘柄を対象に算出されているが、時価総額上位500銘柄で、TOPIXの全時価総額の91%を占めている。そのため、流通株式時価総額のハードルを上げ、TOPIX構成銘柄を大きく絞るべきとの声も投資家からは出ていた。しかし、「TOPIXの継続性に配慮すべきとの金融庁金融審議会の答申」(東証の山道裕己社長)もあり、流通株式時価総額100億円未満という水準に落ち着いた。
TOPIXの組み入れ比率の調整は、具体的には2段階で行われる(表2)。第1段階は、浮動株比率の変更だ。TOPIXはその算出に当たって、企業の単純な時価総額ではなく、時価総額に浮動株比率を掛けた「流通株式時価総額」を使っている。浮動株比率の算定に際しては現在、有価証券報告書に記載された大株主上位10位の保有株や役員保有株、自己株式を除いているが、来年4月からは政策保有(持ち合い)株式も控除する。その結果、持ち合い株式が多い企業ほど、TOPIXの組み入れ比率が下がることになる。
第2段階は、流通時価総額100億円未満の銘柄の組み入れ比率の低減で、来年10月から開始される。25年1月にかけ、10段階で組み入れ比率をゼロにする(図)。もっとも、救済措置はあり、23年10月の再評価時に、流通時価総額が100億円を上回るなどの条件を満たせば、組み入れ比率は低減前の水準へ段階的に戻す。基準を満たせなければ、低減は続く。東証の内部の試算によると、今回の低減措置により、約600銘柄、時価総額にして1%がTOPIXから外されることになるという。
編集部が今年6月末の流通株式時価総額が小さい上位100銘柄の6月末から11月12日までの騰落率を調べたところ、平均下落率は2・6%だった。同じ期間、TOPIXは5・0%上昇している。インデックス以上のリターンを目指すアクティブ運用の投資信託などは、組み入れが外される銘柄を予想して、先行して売っていると見られ、その影響が出ている可能性もある(表4)。
TOPIX改革の一方、東証は来年4月から新たな株価指数の算出も開始する。新市場の登場に合わせ、東証プライム市場指数、同スタンダード市場指数、同グロース市場指数のほか、派生した指数などを設定する(表3)。「魅力のある指数」(山道社長)の提供で、投資家の多様なニーズに応えたい考えだ。
だが、現状では、TOPIXと日経平均株価に連動するインデックスファンド以外は、ほとんど普及していない。楽天証券経済研究所によると、TOPIXに連動する公募投信やETFの残高は今年10月末で約37兆円。日経平均連動型が同22兆円、JPX日経インデックス400連動型が3兆円と続くが、それ以外の指数は100億円弱と微々たる数字だ。
TOPIX改革は25年1月で終わりではない。流通株式時価総額の低い銘柄の控除が終了した後は、スタンダードやグロースで時価総額が十分に高く、成長力も高い銘柄をTOPIXに組み入れていくことも検討する。GPIFの塩村賢史・投資戦略部次長は、『証券アナリストジャーナル』4月号で、「TOPIXは日本人にとっての白いご飯のようなもの。いまだに代わる指数は出ていない」とコメントした。東証の新しい指数も利用者がなければ、掛け声倒れで終わる可能性が否定できない。
(稲留正英・編集部)
18 収益性底上げへの“荒業” 日本株再起動の起爆剤に ■稲留 正英/中園 敦二
24 インタビュー1 再編の狙いに迫る 山道裕己 東京証券取引所社長 「3年後には『経過措置』の方向性 プライム基準の引き上げもありうる」
27 やさしく解説Q&A 東証再編/TOPIX改革/CGコード改定 ■神尾 篤史
30 投資アイデア プライム基準の当落線上 企業の「計画書」に要注目 ■小林 大純
32 TOPIX改革 東証再編と分離して進行 低時価総額銘柄は脱落へ ■稲留 正英
35 インタビュー2 エコノミストの視点 高田創 岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長、エグゼクティブエコノミスト 「日本人が日本株を持てる 『資本主義』の議論不可欠」
36 親子上場 流通株比率の確保へ解消加速 ゆうちょ銀、サイバーAにも注目 ■村瀬 智一
38 関連ビジネス 「プライム合格」市場に沸く M&A、証券・信託、監査法人 ■稲留 正英
40 インタビュー3 投資家の視点 松本大 マネックスグループ代表執行役社長CEO 「経過措置の継続は毎年議論を 数字固定の基準はセンスない」
41 出遅れ日本株 半数弱がPBR1倍割れ 欧米に劣後する「稼ぐ力」 ■川北 英隆
42 東証33業種別 これが「プライム落ち」東証1部595社だ! ■編集部
15 みずほFGに業務改善命令へ 坂井社長と藤原頭取が辞任へ デジタル戦略の出遅れは必至/ガソリン高騰対策 元売りに「補助金」 初投入の効果不透明
17 深層真相 ペイペイ23年に上場か CFO採用の動き/関西スーパー統合賛成 “よそ者”排除の論理/「EV押し」論調に“指導” 後れ取る国内車メーカー
102 挑戦者 2021 大田佳宏 Arithmer代表取締役社長兼CEO
54 情熱人 (8) 新野剛志 作家 「満州の大空を飛んだ祖父を主人公に投影した」
78 コロナ禍の地域を下支え 宇宙も視野に成長の種まき ■中園敦二/市川明代
81 決算分析 連動しない規模と経営効率 不動産貸出比率は都市で高く■三好悠
2021年3月期 全254信金ランキング ■編集部
84 総資産 京都中央(京都)
86 預貸率 福岡(福岡)
95 COP26閉幕 「1.5度」へ軸足をシフト 日本に迫る産業衰退リスク■上野 貴弘
58 コレキヨ 小説 高橋是清 [第167話] ■板谷 敏彦
68 ワシントンDC バージニア州知事選で実証 共和が示した「勝利の方程式」 ■吉村 亮太
69 中国視窓 生物多様性保護を国家戦略に 気候変動に続くアピール材料 ■岸田 英明
70 論壇・論調 米国でTPP復帰の待望論 中国の加盟申請に危機感 ■岩田 太郎
3 闘論席 ■片山 杜秀
50 学者が斬る 視点争点 日本に有益な「シニア起業」 ■加藤 木綿美
52 株式市場が注目! 海外企業 (8) ユナイテッド・レンタルズ ■岩田 太郎
60 言言語語
91 不動産コンサル 長嶋修の一棟両断 (118) バブルの時代を今、振り返る意味 ■長嶋 修
92 東奔政走 外れた「自民過半数割れ」予測 「最速総選挙」与党の焦り映す ■平田 崇浩
94 AIで統計先読み 日本の未来 (46) 日本自動車販売台数/民間建設工事受注高 ■ゼノデータ・ラボ
98 バブル秘史 波乱の証券業界 (3) 野村証券の社長辞任と大蔵省の影 ■恩田 饒
100 独眼経眼 街角景気も鉱工業生産も急回復 ■藤代 宏一
101 鎌田浩毅の役に立つ地学 (77) 「火山」としての富士山 (2) 噴火前の「低周波地震」が前兆 ■鎌田 浩毅
107 小川仁志の哲学でスッキリ問題解決 (106) ■小川 仁志
美術 [イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜 モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン]
114 グラフの声を聞く 7年周期の異変に直面する世界経済 ■市岡 繁男
74 マーケット指標
76 経済データ
62 『日本企業の為替リスク管理』『「日本」ってどんな国?』
65 著者に聞く 『ごみ収集とまちづくり 清掃の現場から考える地方自治』藤井 誠一郎
61 次号予告/編集後記
デザイン─浅野 康弘
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